出張レポート1997 ハノイ
- hucchy
- 2021年7月20日
- 読了時間: 3分
更新日:2021年7月26日

「同じ年の彼 in Hanoi 」
商社に勤めていた頃、ベトナム出張に行く機会が有りました。
時は1997年。アジア通貨危機前です。
私はえーっと28歳? 若かりし頃。今から24年前のベトナムです。
当時、天井板を吊るすスティールの「Cチャンネル」というものを、なんと「輸出」してました!
そうです、日本製です。
今なら逆に「ベトナム製を輸入」なんでしょうが、当時は日本から輸出してました。
ハノイに結構買ってくれる会社がありましたので、メーカーの方と一緒にベトナム出張です。
今でこそ、「ウエルカム!」なベトナムですが、当時はまだまだ外国人に寛大な感じではなかったです。
ハノイの空港に着いてスーツケースをもって歩いていたら空港警備の軍人と目が合いました。
普通に「あ、軍人さんや」と思って見てただけなんですが、何か気に入らなかったんでしょう。。
いきなりお持ちのライフルをこちらに向けて、「おい!お前とまれ!」と言われ「スーツケースを開けろ!」とめちゃくちゃ切れられました。(^^;
「はいはい、分かりましたよ」とスーツケースを開けても、別に中を見るでもなく、お金を要求するわけでもなく、ただ開けて終わりでした。※終わりかい! (; ・`д・´)
それまで、台湾、韓国、シンガポールやインドネシアみたいな「フレンドリー!」な国にしか行ったことが無かったので、すこし戸惑いましたが、「異国」という感じで楽しかったです。
ホテルに到着してから、めっちゃ「Cチャンネル」を買ってくれるお客さんに会いに行きました。
「ある程度しっかりした会社かな?」と思って行きましたら、なんと会社はバラック小屋。。。
※あしたのジョーみたいでした。。(^^;
「ほんまにこんなとこかいな?」と思うほど、ボロボロの会社でした。
でてきた社長は私と同じ歳の28歳。
元ベトナム空軍の戦闘機パイロットさんでした!
まだそんなに儲かってない時だったのに、「晩飯でも行きましょう」と誘ってくれました。
池の上にあるレストランで、何やら見たことがないようなモノがいっぱい出てきます。
中に、素揚げで真っ黒けの「何か」がありましたので、「これなんや?」と聞くと、「あぁ、えーっとこれ英語でなんやったっけ? あーそやそや、それは『バード』や」と言うので、「ふーん、チキンの事やな。こっちの軍鶏かなんかかな」と思って、バリバリ食べてたら、「あ!バードちゃうわ、それ『バッド』や!」…
「蝙蝠(コウモリ)やないかーい!」「マイケルジャクソンか!」「それバッドや!」みたいなこと言ってゲラゲラ笑って、みんなでカエルやウサギを食べました。(/・ω・)/
オモシロくて連れて行ったのか、それが本当にご馳走なのかわかりませんが、とにかく元パイロットの彼は我々を歓迎してくれてた、というのが伝わってきました。
2000年に商社を辞めそれから10年ほど経過したころ、ハノイの市場調査の仕事が入りましたので、14年ぶりに行きました。
空港にライフルを持った軍人もいません。
街は活気にあふれていました。
例の元パイロットがどうしているのか気になり、仕事の合間を見つけて、ベトナム駐在をしている商社時代の後輩に頼んで連れて行ってもらいました。
連れて行ってもらったのは、なんと9階建てのビル...バラックを卒業して、なんと自社ビルです。
色々なビジネスを手掛けているらしく、自社ブランドの家電メーカーもやっているそうです。
他にも工業団地や半導体なども手掛ける大企業になっているそうです。
あの時代、あの国で、手掛けたビジネスが社会に求められるものだったのでしょう。
彼は大成功を収めていました。
あいにく元パイロットの彼はアメリカ出張中で会うことはできませんでしたが、「あの時、お前のお陰で俺は成功できたんや、ありがとう」みたいなメッセージを秘書の方から聞くことができてとても嬉しかったです。
あれからまた10年が経過しています。
更なる進化を遂げている彼に会いに行きたいですね。






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